青山 幸遐(あおやま よしはる、万治3年(1660年) - 享保18年7月17日(1733年8月26日))は、江戸時代前期から中期の旗本。通称は市十郎、市左衛門、藤蔵。子に幸増、幸房、幸亮、椎珍らがいる。

生涯

万治3年(1660年)、青山幸高の長男として生まれる。母は天方倶通の娘。天和3年(1683年)9月25日、書院番士となり、300石賜る。元禄14年(1701年)7月5日、家督を継承して700石を継ぎ、300石は弟・幸度に分与した。正徳3年(1713年)1月28日に先弓頭、享保4年(1719年)1月11日に持筒頭となる。

享保18年(1733年)7月17日、死去。享年75。家督は二男の幸房が継いだ。

出典

  • 『寛政重修諸家譜』巻第729

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